旅の履歴

●海外旅行と海外旅行開始以後の国内旅行 (家族旅行と仕事関係および日帰り旅は除く)をまとめてみました。

●国別の訪問回数について、1回の旅行で、2回入国した場合も、訪問は1回としました。

●乗継のために入国のアメリカ合衆国、カンフランのみ訪問のスペインも訪問国に加えました。

●特別地域である香港、澳門も国として扱いました。

●添乗員つきツアーは、3,11,14,17,19、「ホテル+航空券」型ツアーは、1,16、それら以外は個人旅行です。

●回数は海外旅行の回数で、国内旅行は「内」をつけ、海外旅行をはじめて以降の回数 をしめしました。

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回数

旅行の概要

訪 問 国 ・県

61

ホーチミンで1泊し、夜行便で帰国。前回訪問したところを再訪し、料理を味わう旅だった。 ベトナム(2回目)
内14 羽田で前泊したあと、旭川で1泊。富良野のラベンダー畑、美瑛の丘を見て回った。 北海道(4回目)
内13 石垣で2泊。新城島(そのうち上地島)を訪問した。これで八重山の主な島は全部回った。 沖縄県(10回目)

60

台北に2泊。間の日に、三峡、猫空などを回り、美味しいものを食べる旅だった。 台湾(8回目)
内12 那覇で前泊したあと、鳩間島を回ってから石垣で1泊。 沖縄県(9回目)

59

シンガポールに2泊。シンガポール市内各地を回り、美味しいものを食べる旅だった。 シンガポール(2回目)
内11 那覇で前泊したあと、黒島を回ってから石垣で1泊。 沖縄県(8回目)
内10 石垣で1泊。着いた日に、小浜島に行った。 沖縄県(7回目)

58

リスボンで3泊。実質的には、リスボン市内を1日と、郊外のロカ岬やシントラを1日回っただけであった。ポルトガルは何度も計画倒れになっていた国でようやく旅が実現した。 ポルトガル

内9

羽田で前泊したあと、網走で1泊。流氷を陸と海から見ることができた。 北海道(3回目)

内8

石垣で2泊して、中日に波照間島を往復。船の欠航も心配したが何とか行けた。 沖縄県(6回目)

57

香港に2泊。間の日には澳門へ日帰り。香港・澳門の美味しいものを食べまくった。 ※澳門(2回目)
※香港(5回目)

内7

那覇で2泊して、中日に久米島を往復。久米島は意外と見るところが多い。 沖縄県(5回目)

56

アンティグアをベースとして、チチカステナンゴ、ケツァルテナンゴ、パナハッチェルといった高地の先住民の村への小旅行、ティカル、コパン(ホンジュラス領にある)、キリグアといった低地のマヤ遺跡への小旅行をおこなった。アンティグアは、高い建物がなく、石畳のあるいい街だった。ジャングルに浮かぶティカル遺跡を神殿の上から見た光景はすばらしかった。 ホンジュラス
グアテマラ
アメリカ合衆国(3回目)

55

ソウルからKTXで木浦を往復、木浦を半日見て回り、帰国日はソウルを見て回った。 韓国(9回目)

内6

1泊2日で1日目は小樽、2日目は札幌を見て回った。 北海道(2回目)

54

バンコク経由で、ルアンパバーンへ行って3泊。市内のワットめぐりや周辺のみどころへ行って、のんびりすごした旅だった。 ラオス

内5

那覇、宮古経由で石垣へ。ところが、出発前日に台風が発生し、那覇では、全便欠航になる直前になんとか宮古に脱出するありさま。石垣からは日帰りで西表にいった翌日、与那国へ。ところが、その日にまたまた台風が発生。翌日夜には来襲との知らせ。翌日昼になんとか、石垣、那覇へと脱出するというきわどい旅であった。 沖縄県(4回目)

53

ボルネオ島の各地を回った。コタキナバルからラハダトゥさらに車でダナンバレーへ。ダナンバレーで2泊して熱帯雨林の中ですごした。サンダカンではオランウータンのリハビリテーションセンターや戦争記念公園を訪問、コタキナバルからはポーリン温泉やサピ島を訪問、クチンではネコミュージアムやサワラクカルチュラルセンターなどを訪問した。 マレーシア(2回目)

内4

利尻島で1泊、礼文島で1泊。全国で道北だけが雨の中、2島を周遊。 北海道

52

青島に2泊。ドイツ統治時代の建築物を見たり、青島ビール工場に行ったりした。 中国(10回目)

51

台北からかつては自由に行けなかった金門島に飛んで2泊。内戦の史跡の数々を回ったり、風獅爺を見たりした。最後は台北で1泊。 台湾(7回目)

50

陽朔で2泊し、カルスト地形のつくる奇岩の風景を楽しんだ。2泊したのち、桂林で鍾乳洞などを見学し、広州に移動し、飲茶をした。 中国(9回目)

内3

宮古島で2泊。那覇市首里、伊良部島・下地島、宮古島を回った。 沖縄県(3回目)

49

台湾東部の太魯閣、花蓮、宜蘭、礁渓、台北を回る旅を行った。 台湾(6回目)

48

香港の離島(大嶼山(ランタオ島)、長洲島、南Y島、坪洲島)をメインとした旅を行った。 ※香港(4回目)

47

ドバイ経由でカサブランカへ。空港駅から列車でメクネスへ。その後、フェズ、シャウエン、ティトアンを経て、タンジェから夜行列車でマラケシュへ。マラケシュで楽しんだあとは、エッサウィラへ日帰り。そして、砂漠ツアーを利用して、ワルザザート、メルズーガ砂漠へ。砂漠ではテントで泊まって年越ししたあと、マラケシュに戻り、カサブランカから帰国した。 モロッコ

46

開港3日目のバンコクのスワンナプーム空港を利用。チェンライに泊まり、ミャンマー領やラオス領を含む近くのみどころを現地ツアーで回った。 タイ(5回目)
ミャンマー(2回目)

45

マニラに滞在。太平洋戦争の激戦地のコレヒドール島も訪問したり、マニラ市を中心に、メトロ・マニラを構成するいくつかの市を見て回った。 フィリピン
44 スリランカの主要観光地を回る旅であった。文化三角地帯のアヌラーダブラ、ポロンナルワ、高原地帯のキャンディ、ヌワラエリア、南西海岸部のティッサマーハーラーマ、ゴール、ニゴンボと回った。路線バスや鉄道で極めて安い交通費だったが、時間短縮のため、一部は専用車を使用。行きと帰りにタイに立ち寄り、スコータイ、ロッブリーなどに行った。 スリランカ
タイ(4回目)
43 アカシア祭りの期間に大連へ。近代建築物を見てまわり、旅順を訪問した。 中国(8回目)
42 台北から夜行列車で高雄へ。散策の後、嘉義から森林鉄路で阿里山へ。翌朝、阿里山散策の後、台中へ。台中や鹿港を見た後、最後は台北、烏来で旅を締めくくった。 台湾(5回目)
41 上海から南京へ列車で移動し、南京に滞在。市内バスをフル利用した。広大なみどころが多く、見学に時間がかかったが、中でも長江大橋を歩いて渡ったのが印象的。 中国(7回目)
40 仁川空港から光州に直行、宝城、麗水、南原、そして全州から仁川空港に直行。 韓国(8回目)
39 かつては台湾の中心、今はB級グルメ天国の台南へ。台北には行かず、台南直行。 台湾(4回目)
38 旧正月の澳門へ。香港には行かず、澳門だけの訪問。澳門の特色がよくわかった。 ※澳門
37 ミャンマーの主要観光地を回る旅で、時間短縮のため国内線をフルに利用した。とはいえ、濃霧のために遅れがひどかった。ヤンゴン到着後、バガン、マンダレー、ヘーホー、ヤンゴンと環状線のように国内線で移動。バガンではポッパ山、マンダレーではピンウールィンに遠出した。個人手配旅行であった。帰路、バンコクに立ち寄り。 ミャンマー
タイ(3回目)
36 杭州直行便を利用し杭州へ。杭州では、何回かにわけて西湖を徒歩でほぼ一周した。西湖十景はじめ市内の旧跡、博物館を回ったほか、古鎮のひとつ烏鎮を訪問。 中国(6回目)
35 ソウルから夜行バスで光州へ。翌日から中夕の連休のため大渋滞。光州で1日すごし、華厳寺をへて全州へ。帰国日は渋滞を警戒し、早々とソウル向かった。 韓国(7回目)
34 深夜にリマに到着し、早朝にクスコへ。クスコ周辺では空中都市とも言われるマチュピチュ遺跡などインカ帝国時代の遺跡を回った。その後、3000m以上の高原を走る列車でプーノへ行き、チチカカ湖を見た。さらにバスでアレキパを経て、ナスカへ。地上絵などを見た後、リマに戻った。初の個人手配旅行を行い、安心した旅ができた。 ペルー
アメリカ合衆国(2回目)
33 台北から九[イ分]、テレサテンの墓、基隆へ日帰りし、夜市へも。(イと分で一字) 台湾(3回目)
32 台北市内のみどころを見て回ったほか、淡水にも足を伸ばし、夜市訪問も楽しんだ。 台湾(2回目)
31 久しぶりにソウルを目的地とした旅で、市内のみどころの再訪問をおこなった。 韓国(6回目)
30 久々のバンコク。市内のほか、国鉄メークロン線とダムヌンサダックへ日帰りの旅をした。 タイ(2回目)
29 上海空港を利用したが、上海市内は立ち寄らず、空港と蘇州をバスで往復。蘇州では、市内の庭園などを回ったほか、1日かけてタクシーで太湖の沿岸を訪問した。 中国(5回目)
28 久しぶりに香港へ。この間に大きく変化し、変貌振りに驚きながら、街歩きを楽しんだ。 ※香港(3回目)
27 ドバイ経由でのエジプト。行きには半日の乗継時間があったので、ドバイ市内に出た。エジプトでは、鉄道を利用して、カイロからアスワン、ルクソール、アレキサンドリアへ向かった。アスワンからはバスツアーでアブシンベルへ。カイロからは、バフレイヤオアシスに向かい、黒砂漠・白砂漠へも足を伸ばした。世界的な観光国の割には個人旅行は不便な国であった。 アラブ首長国連邦
エジプト

26

初の海路による出国。博多からビートルで釜山へ。釜山からは夜行バスで束草に向かい2泊。雪岳山、統一展望台、江陵などを訪問し、ソウルから帰国。 韓国(5回目)

25

初のアメリカ方面への旅は、メキシコを選んだ。計画がどんどん変わり、旅行前は行くことを考えておらず、下調べを何もしていなかったチワワ太平洋鉄道にも乗車した。カンクンから、メリダ、パレンケ、ビジャエルモッサ、オアハカ、プエブラ、グアダラハラ、ロスモチス、クリール、チワワ、サカテカス、グアナファト、メキシコシティと遺跡とコロニアル都市を見て回った。 メキシコ
アメリカ合衆国

24

上海で滞在。外灘、南京路へ何度も足を運んだが、とても多い人出であった。夜も上海雑技団、黄浦江遊覧、東方明珠塔などの観光をした。一日は周庄へ日帰りツアー。 中国(4回目)

23

シェムリアプで滞在。付近に散らばるアンコール遺跡などを車をチャーターして見て回った。シェムリアプ近郊のほか、クバールスピアン、ベンメリアも訪問した。 カンボジア

22

ソウルを起点にして都羅山、新炭里とその周辺、扶餘・公州を訪問した。 都羅山、新炭里からは現地ツアーで北から掘られてきたトンネルなどを見に行った。

韓国(4回目)

21

行程が変更につぐ変更でかわり、出発前は西トルコ中心だった計画が、現地で東トルコ中心になる。思いっきり、予定にしばられない旅ができた。イスタンブルから、カッパドキア、アンタルヤ、北キプロス、アダナ、ネムルト ダゥ、ディヤルバクル、ワン、ドゥバヤズット、カルス、エルズルム、トラブゾン、エフェス、パムッカレと回り、イスタンブルに戻る。

トルコ

北キプロス

20

ハノイ、ホイアン、フエ、ホーチミンで各3泊。それらを拠点として、ハロン湾、ソンミ村、旧DMZ、クチとカオダイ、メコンデルタなどへもでかけた。ハノイは寒く、ホーチミンは暑く、中部は気温はほどほどだけど連日雨天だった。

ベトナム

内2 那覇1泊、西表島2泊、石垣島1泊。八重山諸島を集中的に回った。西表島は自然が豊富に残されていて、マングローブが生える中を川上りして、滝を見に行ったりした。 沖縄県(2回目)

19

新疆ウイグル自治区のツアーに参加。広州経由で中国入りし、トルファン、南疆鉄道車中、カシュガル、ホータン、ミンフォン、クチャ、コルラ、バインブルク、ウルムチに泊まる。広州で3泊延泊扱いしてもらい、個人旅行する。

中国(3回目)

18

シンガポールからマラッカへ行った後、クアラルンプルから夜行列車でペナンへ。ペナンではバトゥフェリンギとジョージタウンあわせて5泊しのんびり過ごす。クアラルンプルを見た後、夜行列車でシンガポールへ。

シンガポール

マレーシア

17

ウズベキスタン再訪。今回はツアーを利用した。ブハラ、ウルゲンチでは丸一日、離団して前回行かなかった場所を中心に個人で見て回った。またタシケントでは二日間は前回行かなかったところがコースに入っており、2回目とはいえ十分に楽しめた。カザフスタンのアルマトゥ、ジャンプル、キルギスのビシケク、イシククル湖、トルクメニスタンのアシハバード、マリ遺跡なども訪問。

ウズベキスタン(2回目)

カザフスタン

キルギス

トルクメニスタン

16

台北市内を中心に見て回ったほか、淡水にも足を伸ばしてみた。

台湾

15

ジョグジャカルタを拠点にして、ボロブドゥール、プランバナン、ディエン高原、ソロとその近郊(サンギラン、スクー、 セト)、グドゥンソンゴとスマランへ行く。帰路、バリ再訪。

インドネシア(2回目)

14

北インドを周遊。ムンバイでエレファンタ島、ボパールでサーンチ、オーランガバードでアジャンタ、エローラへも足をのばしたほか、コルカタ、ブッダガヤ、ヴァラナシ、カジュラホ、アグラ、ジャイプル、デリーを回った。

インド

13

ポーランドではワルシャワ、クラクフ、グダンスク、ルブリンに泊まり、アウシュヴィッツ、ザコパネ、トルン、マリボルク、ザモシチなどに足をのばす。バルト3国の首都はいずれも夜行バスで入る。ヴィリニュスからはカウナス、リガからはスィグルダへ足をのばす。タリンからヘルシンキはホバークラフトで短時間で移動。フィンランドではヘルシンキのほかトゥルク、タンペレでも宿泊。

ポーランド

リトアニア

ラトビア

エストニア

フィンランド

内1 那覇に連泊して、沖縄本島の各地を回った。首里城、糸満市の平和祈念公園、北部の今帰仁城などへ行き、牧志市場では東南アジアに似た雰囲気を味わった。 沖縄県

12

3度目の正直でやっと板門店にいけた。そして夜行バスで慶州へ行き、夕刻のセマウル号でソウルに引き返す。

韓国(3回目)

11

個人旅行を続けてきたが、久しぶりに添乗員付ツアーを利用。トリポリ、ベンガジを拠点にして、レプティスマグナ、サブラータ、キュレーネなど地中海岸の遺跡を訪問した他、内陸のガダミスに足をのばす。帰路ウィーンでオペラ鑑賞。

リビア

オーストリア(2回目)

10

ソウル経由でウズベキスタンへ。タシケント、ヒワ、サマルカンド、フェルガナ、コーカンドに宿泊。ヒワからブハラの移動で乗車した路線バスは、今まで乗車した交通機関の中で最も過酷なものだった。旅行全体をふりかえり、よく個人旅行できたものだと我ながら思う。帰路のソウルでは板門店ツアーを予約しておいたが、またしてもキャンセルされてしまい、急きょ江華島へ行く。水原も訪問。

ウズベキスタン

韓国(2回目)

9

バリ島をウブドを拠点にして回る。一日はお祭りのような葬式を見学。連夜、レゴンダンスやケチャックダンスを観賞。

インドネシア

8

ウィーンから出発して、旧ユーゴスラビア5ケ国全部とハンガリー、チェコを訪問。ボスニアヘルツェゴビナのモスタル、サラエボはまだまだ内戦の爪跡が生々しく残っていた。サラエボでは、第一次大戦発生の直接の原因になったサラエボ事件の現場も見学し、今も昔もヨーロッパの火薬庫といわれることを実感。ベオグラードは訪問の半年後にコソボ紛争をめぐり空爆があった。ユーゴスラビア (現・セルビア)とマケドニアの移動は夜行バスだったが、国境のものものしさは経験した国境越えのなかで一番緊張したものだった。宿泊地は、ウィーン、リュブリャーナ、ドブロブニク、モスタル、サラエボ、オフリド、ブダペスト、プラハ。

オーストリア

スロベニア

クロアチア

ボスニアヘルツェゴビナ

セルビア

マケドニア

ハンガリー

チェコ

7

深夜便を使い初日の昼にはチェンマイ着。チェンマイ2泊のあとバンコク4泊。バンコクからは日帰りでアユタヤ、カンチャナブリへも。チェンマイにもう少し滞在したかった。

タイ

6

ローマ、フィレンツェ、ヴェネツィア、ミラノ、ナポリを拠点として、各拠点からは、オスティア・アンティカ、ピサ、シエナ、 サンジミニャーノ、ボローニャ、ラヴェンナ、コモ湖、マジョーレ湖、カプリ島、ポンペイ、ヴィラ・アドリアーナ、なども訪問。ミラノからナポリは寝台列車。香港にも立ち寄 った。

イタリア

バチカン

サンマリノ

※香港(2回目)

5

ソウルを拠点にして、独立紀念館にも足をのばす。板門店ツアーも予約していたが、キャンセルされてしまう。

韓国

4

シンガポール経由の長丁場でドイツへ。トリアー、アーヘン、リューベク、バンベルク、ニュルンベルク、レーゲンスブルク、オーバーアマガウ、フュッセン、ベルリンなどに泊。夜行でワイマール、ドレスデン、ライプチヒなども訪問。

ドイツ

3